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19. ウーハー振動板設計の要点

 スピーカーのなかで低音を担当するのが「ウーハー」です。そのウーハーの振動板(振動して音が出る部分、通称"コーン")の設計は、極めて重要なポイントになります。
 ここでは、どういう視点でウーハーの振動板が設計されるのかについて、解説します。

  
    SOLA Mk2に搭載した、オリジナル設計ウーハー


低音の周波数特性を司る「TSパラメーター」

 低音には、その多少についての表現があります。たとえば「しっかりとした量感」とか「ダラ下がり」という表現です。これは何によって決まるのでしょうか。

 次に、2つの周波数特性を示します。


 ここで示したのは、VituixCADというソフトウェアでシミュレーションしたウーハーの周波数特性になります。注目すべきは、それぞれのグラフの左側の下がり具合です。
 左の図では、300Hzぐらいからダラダラと音圧が下がっています。一方で、右の図では40Hzぐらいまでフラットな特性が得られています。

 こうした差は、「TSパラメーター」によって説明できるウーハーの振動特性によるものです。これを説明するには、まずウーハーの構造を示す必要があります。



スピーカーユニットの構造

 ウーハーを含む音が出る部品のことを「スピーカーユニット」と言います。この構造は、以下に示します。
 

 低音を担当するウーハーは、上図に示したように、「ダイナミック型スピーカー」と呼ばれる方式のなかの「コーン型スピーカー」と呼ばれる構造であることが大半です。市販スピーカーの99%以上を占めると言っても過言ではありません。

 
 スピーカ計測・評価技術 / 第1回 スピーカユニットの性能評価:TSパラメータ | 東陽テクニカ |

 立体的に描かれた図は、プロ用のスピーカー測定装置で有名な東陽テクニカ社のページのものが分かりやすいので掲載します。多少呼び名が異なりますが、両者を見比べると分かりやすいと思います。

 市販スピーカーには様々な外見のウーハーが搭載されていますが、構造や素材の差異を除けは、実は殆ど同じような基本構造をもっています。以下の話は、どんなウーハーにおいても当てはまると思って頂いて構いません。



スピーカー固有の振動特性と、バネの物理

 ウーハーの振動板は、どのように動くのでしょうか。アンプから送られた電気によって駆動されるのは皆さんご存じの通りなのですが、低音の周波数特性を決める大半の要因は、「スピーカー固有の振動特性」なのです。
 「スピーカー固有の振動特性」とは何か。以下の図で説明します。

  

 アンプからの電流がボイスコイルに流れると、フレミングの法則でボイスコイルが押し出されます。このとき振動板全体が前に出てくるのですが、それと同時にダンパーとエッジにより元に戻ろうとする力(復元力)が発生します。



 アンプからの電流が無くなると、ダンパーとエッジによる復元力のみが働きます。これにより、スピーカーユニットの振動板は原点(初期状態)の位置まで戻るのですが、慣性の法則により原点を通り過ぎて今度は後ろ側まで行ってしまいます。
 そうなると、またダンパーとエッジが引き伸ばされるため、今度は前側に振動板を持っていこうとする力が働きます。

 慣性の力による、この往復運動は「バネ」の物理運動と同じなのです。

 

 フレームによってスピーカーユニットは固定されているので、これを固定端として考えることができます。応力によって変形するダンパーやエッジは、「バネ」として扱うことができます。そして、慣性の力をもつ振動板は、質量をもつ物体として置き換えることができるのです。

 ここでは、スピーカー全体の構造が動くような大きな変形、つまり振幅が大きい低音について扱いますので、このバネ(弾性)の考え方は、スピーカーの特性を理解するために非常に重要になります。




「バネ」から考える、スピーカーの振動特性(最低共振周波数)

 先ほど、スピーカーはバネの物理で考えることができると言いました。そうなると、次のことを考えることができます。

      

 ①→②→③のように動いたスピーカーの振動板は、今度は③→②→①という順に戻っていきます。この往復運動はずっと続くので「共振」と呼ばれます。ヨーヨー釣りでのゴムにつながれた水風船のイメージでしょうか。一度始まった共振は、アンプから送られる力(電流による駆動力)が無くなってもしばらく続きます。

 この共振が1秒間に何回起こるかを、「共振周波数(単位はHz)」と言います。50Hzであれば、1秒間に50回の伸縮運動が起こっていることを表します。

 そして、この共振周波数が、スピーカーの低音再生下限を決める重要な値になります。下図のように、共振周波数まではフラットな周波数特性になり、共振周波数を境にダラ下がりの低音特性になることが一般的に知られています。

   

 単純に言ってしまえば、共振周波数が低ければ低いほど、低音が下まで伸びるウーハーになるということです。詳細は後ほど説明しますが、そのスピーカーが低音をどこまで再生できるかは、スピーカー箱のサイズでも、ウーハーの大きさ(口径)でも、アンプの駆動力でもなく、この共振周波数に大きく依存しています。




共振はいつ止まるのか

 バネの物理で表される振動板の共振が、低音再生に重要だと説明しました。しかし、この共振はどうやって止まるのでしょうか。音楽信号に対してリニアに動くためには、この共振はいつかはストップさせてやることが必要なはずです。

 

 ここで、磁気回路になかにあるボイスコイルが役に立ちます。ボイスコイルは、アンプからの電力を、振動板の運動エネルギー(音)に変換する部品ですが、その逆に運動エネルギーを電気エネルギーに変えることができます。これは「フレミングの法則」によるものです。

 こうして振動板が前後に共振する運動エネルギーは、電気エネルギーに変換されて放出され、共振はストップします。これは、バネでいう摩擦によるエネルギー放出(摩擦熱)による効果と同じです。

 スピーカーにとって、運動エネルギーを放出させる方法は、この電気エネルギー以外にも様々なものがありますが、強力な磁気回路をもつ現代のHiFiスピーカーにおいては、上記のような説明でほぼ問題ありません。



共振の制動と、低音特性

 先に述べたような運動エネルギーを電気や熱のエネルギーに変換し、共振をストップさせる方法を「制動」と呼ぶことにしましょう。この制動は、音に対してどのような影響があるのでしょうか。

 

 こちらの図で示したように、制動の大小は共振周波数付近での特性に現れてきます。制動が適切になされていれば、共振周波数までフラットな特性が得られます。
 しかしながら、制動が弱すぎると、共振周波数で振動板が動きっぱなしになってしまい、周波数特性には盛り上がったようなピークができます。その逆に、制動が強すぎると、共振周波数の前後で振動板が動けなくなり、周波数特性では低音の音圧が低い状態になります。

 この制動の大小は、「Q値(共振先鋭度)」と呼ばれています。適切な制動状態はQ=0.7とされ、それより高いと制動が弱すぎる状態(例えばQ=1.5)。そして、Q=0.7より低いと制動が強すぎる状態(例えばQ=0.3)だと言えます。

 
 こちらに示したのは、Q=0.22という極めて制動が強いスピーカーユニット「Fostex FE208NS」の周波数特性です。
 このスピーカーの共振周波数は45Hzですが、500Hz以下の低音域は音圧が低くなっており、右肩上がりの周波数特性になっていることが分かります。いわゆる制動が強すぎる(Q値が低すぎる)状態です。これでは十分な低音量感は得られません。

 Qを上げる手段は後述しますが、この「Fostex FE208NS」を一般的な密閉型やバスレフ型で使って、フラットな周波数特性を得るのはほぼ不可能です。
(※「Fostex FE208NS」はバックロードホーンという方式の箱に入れて使われることを前提とした設計になっているため、Qが低く設計されています。)




低音をフラットに伸ばすために ①共振周波数を下げる

 以上のことから、低音をフラットに伸ばすためのスピーカーユニット設計には、①共振周波数を下げる ②適切なQ値(制動)とする の2点が重要であることが分かりました。

 では、どうやってこれを実現すれば良いでしょうか。まずは、①共振周波数を下げるについて考えてみます。スピーカーの動作はバネで考えることができます。

    

 上図に示したように、共振周波数(f0)は ばね定数(k) と おもりの質量(M) から計算することができます。つまり、ばね定数(k)を小さくする、もしくは、おもりの質量(M)を大きくすることで、共振周波数を下げることができます。

 ばね定数(k)は、ダンパーとエッジの柔らかさ

 ばね定数(k)を小さくする、すなわち 柔らかいバネにすることで、共振周波数を下げることができます。これは、ウーハーの「ダンパー」と「エッジ」に相当します。
 中古のスピーカーなどで、『エッジが硬化してしまって、低音が出ない』という話をよく聞きますが、これは エッジが固くなったことで ばね定数が上がり、スピーカーの低域下限を決める共振周波数が上がってしまった状態です。

 新品の状態のウーハーでは、ダンパーやエッジは、スピーカーの振動板を支える最小限のものが取り付けられているため、ダンパーやエッジを柔らかくして低音を伸ばすような改造の余地は殆どありません

 物は試しにと、ダンパーの一部を切り取って共振周波数を下げることをやってみたことがあります。確かに、共振周波数は下がりましたが、音はダルい(スピード感がなく緩んだ)感じになってしまいました。
 またダンパーを切り取ることは、ダンパーがもつ振動板の支持機能を失う事でもあり、振動板やボイスコイルの位置がずれて磁気回路と接触するなどによる故障つながる可能性が高いため、ここを改造するのは適切ではないと考えます。

  ダンパーを切り取った実験


 ごく稀に「ダンパーレス」を謳うユニットがありますが、そのぶんエッジを強化して振動系を支持していることがあります。振動系はどこかで支持しないと耐入力の確保ができないため、何かが無くなれば、それを補う設計が必要なのです。


 おもりの質量(M)は、振動系の質量

 おもりの質量(M)を大きくする、すなわち振動系の質量を大きくすることで、共振周波数を下げることができます。
 振動系とは、主に「振動板」と「ボイスコイル」のこと。このどちらを重くするかによって、音調が変わります。振動板を重くすると、よりソリッドでタイトな音になります。一方で、ボイスコイルを重くすると、深みと広がりをもつ音になります。

 周波数特性だけで言えば、振動系の質量を大きくするという非常にシンプルな話なのですが、聴感上「しっかりとした低音」と感じるには質量増と同時に(質量増の効果を上回るレベルで)振動系の剛性の向上が必要になるようです。

 以前に、ウーハーの振動板に錘(おもり)を付与して、低音再生能力を向上させることを試みましたが、あまり良い結果には至りませんでした。確かに低域の再生下限は拡大しましたが、質感を伴わない低音になってしまいました。これは、質量が増加したにもかかわらず、剛性が上がらなかったためと考えています。

  振動板に錘を貼り付けた実験


 その一方で、剛性の向上も意識した構造体を貼り付けた場合は、スピード感と伸びを併せ持つ低音になりました。

 
 (写真右)質量と剛性を上げた振動板


 カタログでは「振動板が軽くなった」こと書くことが多くありますが、あれは「スピード感のある低音」をイメージしてもらうための宣伝文句でしかありません。本当に振動系の質量を軽くしてしまえば、低音は出なくなります。
 軽量振動板の低音不足を補うために、エンクロージュア内部の共鳴で低音を伸ばす手法もあります。ただ、共鳴による低音の伸長は一長一短があります。一見、軽やかな低音に聴こえますが、必ずしもHiFiではないため再生する環境や音楽によって出来不出来が大きく変わってしまいます。
 さらに、低音が出なくなることを前提に「ハイ上がりな音」を作ることで、解像度やスピード感が上がったように錯覚させることもできますが、それでは音楽ジャンルを満遍なく楽しむことができないスピーカーになってしまいます。

 良い音とは、原理原則に則って作られるべきなのです。



低音をフラットに伸ばすために ②適切なQ値とする

 Q値のコントロールは、共振周波数の話より少し複雑です。下の図にあるように、Q値が0.7付近となる制動状態が最も低音が伸びた周波数特性になり、それ以下でもそれ以上でも望ましくありません。



 「制動を弱めにして、低音の下限を少し盛り上げておいた方が良いのでは?」という考え方もありますが、ここでピークを作る(たとえば50Hzを凸にする)と、その少し上の帯域(たとえば70~100Hz)が極端に聴こえにくくなり、質感が大きく低下するという問題が生じます。
 あくまでも、低音の特性はフラットを狙う必要があります。実際は、部屋の定在波などによる増幅もあるため、若干ダラ下がり(制動が強め)な状態が好ましいという場合もあります。米国でのヒアリングテスト(※)では、-6dBになる周波数が低いほど、リスナーは好ましいと感じたという結果が報告されています。
※「Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms」(5.7.2章)より

   

 では、どのようにしてQ値をコントロールすれば良いでしょうか。Q値の計算方法ややや複雑なので、ここでは以下のイメージ図で説明します。

   

 スピーカーの制動は、摩擦で表すことができます。Q値のコントロールは、ここでいうバネの性質、もしくは摩擦の性質のどちらを大きくするか考えることに他なりません。

 例えば、摩擦(によって失われるエネルギー)が変わらなくても、質量Mが小さくなれば、より制動されやすくなります。また、質量M と ばね定数kが同一であっても、摩擦が増えればより強い制動状態になるのは言うまでもありません。

 Q値を下げるためのスピーカーユニット設計

 では、実際にどうやってコントロールをするのか。Q値を下げる(制動を強める)ための一番シンプルな方法は、摩擦に相当する磁気回路の強化です。

 

 サブウーハーSW-1では、引き締まった低音を得るために極限まで大きな磁石を搭載しています。先ほど説明したように、磁石を含む磁気回路はフレミングの法則により制動効果があります。これをより強化することで、低音はダラ下がり(制動過多)に近づきます。


 Q値を上げるためのスピーカーユニット設計

 逆に、Q値を上げる(制動を弱める)にはどうすれば良いでしょうか。磁石を小さくする、ダンパーを固くするといった方法が思い浮かびますが、完成品として供給されている状態でこれらを達成するのは容易ではありません。
 
 そこで、Q値を上げる現実的な方法としては、振動板の質量を上げる、箱の容量を小さくすること等が挙げられます。
 前者の振動板の質量を上げることは、バネに付いている おもりの質量が増すことを意味します。このとき、共振を続けようとするバネの効果が摩擦と比べて相対的に大きくなるためQ値は上がります。
 後者の箱容量を小さくすることは、スピーカーユニットの「背圧」を考えると理解しやすいと思います。一般的なスピーカーでは、ウーハーは限られた容量をもつ箱に入っており、その振動板の前後動作に合わせて内圧が変化します。これを振動板の裏側からかかる圧力として、背圧と呼ばれています。

     

 スピーカーユニットの背圧は、空気バネとして考えることができます。「アコースティックスサスペンション方式」のスピーカーは、まさにこの空気バネの効果を積極的に利用しています。
 この空気バネは、サスペンション等によるバネと並列で、錘を支えることになります。このとき小さい箱であるほど背圧は強くかかり、バネ定数kは増加しバネとしての動作が優勢になるため、Q値は上昇します。



大口径ウーハーのメリットとデメリット

 ここまでの議論で、振動板の口径は出てきませんでした。少しでもオーディオ経験があれば「ウーハーの口径が大きいほど低音が出る」という印象があると思いますが、これと今までの議論をどう考えればよいのでしょうか。

 大口径ウーハーのメリット(利点)
 

 まず、大口径ウーハーのように振動板が大きくなると、そのぶん振動板の質量も大きくなります。これは振動板本体(コーン)の重さだけでなく、振動板前後の空気の質量を含めての話になります。振動板が重くなると、バネの原理で、共振周波数が下がります。つまり、大口径ウーハーは振動板が重いことで共振周波数が下がるために、低音が出やすくなるのです。

 さらに、大口径ウーハーは構造上、大振幅に対して余裕がある設計ができます。これは、巨人の歩幅が大きくなるのと同じことで、全ての部品が大きくなるので自ずと大振幅が可能になります。低音を大音量で再生しようとしたとき、振幅をどこまで確保できるかは重要な問題になってきます。
 また、振動板の面積が増えるため、同じだけの空気を動かすのに振幅がより少なくて済むのです。大口径ウーハーは、大音量での低音再生において鬼に金棒だといえるでしょう。

 そして、大口径ウーハーには、大きな磁気回路を搭載することができます。スピーカーユニットの構造上、どんなに頑張ってもその口径以上(取り付け穴)のサイズの磁気回路を搭載することはできません。大口径になることによる振動板質量の増大だけであればQ値が大きくなってしまう問題が起こりますが、大口径ウーハーでは磁気回路を強く大きくすることで適切なQ値を保つことができます。


 大口径ウーハーのデメリット(欠点)

 大口径ウーハーに欠点があるとすれば、より大きな箱を必要とすることです。次の図で説明します。
   
 口径の異なる二つのウーハーを同じサイズ箱に入れた場合、大口径ウーハーの方が窮屈な感じに見えますね。この感覚は正しくて、振動板の面積が大きいと、箱の内圧、つまり背圧の影響をより大きく受けるようになります。背圧が高まると、Q値の過剰な上昇や、共振周波数の上昇が起こり、望ましくない低域特性になることがあります。
 つまり、箱のサイズを変えずに、口径だけ大きいユニットを入れても、そのメリットを享受することができない可能性があります。箱とユニットのサイズは一心同体。大口径ウーハーには、より大形の箱を奢る必要があるのです。



小口径ウーハーで、大口径ウーハーのような低音を出すためには

 以上のように、大口径ウーハーには低音再生におけるメリットが多くあります。それでは、小口径ウーハーは全く太刀打ちできないのでしょうか?
 先ほど述べたように、低音をフラットに伸ばすには、①共振周波数を下げる ②適切なQ値(制動)とする の2点が重要です。つまり、この二つさえ実現できれば、小口径でも大口径ウーハーに匹敵する低音の伸びを得ることができるのです。

 共振周波数を下げるには、振動板を重く強固に作ることです。また、適切なQ値を確保するために磁気回路は極限まで強くします。さらには、少し余裕のあるサイズの箱を用意して、背圧の影響を軽減することも大切です。
 
  

 振動板を重くすることに拒否反応を示す方も多いとは思いますが、後述するように軽い振動板では共振周波数が下げられないだけでなく、十分な剛性も確保できません。振動板の音色を正しく設計し、磁気回路を相応なものを用意してやれば、決して重く鈍い低音にはならないのです。

  
  アルミハニカム振動板をもつAccuton社のハイエンドウーハー「AS168-9-470」。
  振動系質量は36g。一般的な16cm口径ウーハーと比べて2倍近い質量をもつ。
  これを強力な磁気回路で駆動している。


 ただし、一つ注意が必要なのは、「音量」の観点では大口径と同等とはいきません。いくら小口径で低音を伸ばせたからといっても、振幅には限りがありますので、能率や歪率も大口径に比べれば不利です。あくまでも日本の一般家庭での音楽再生で想定される小音量だからこそできる手法だと考えておいた方が良いでしょう。



剛性を確保するための立体構造

 少しオーディオ経験のある方であれば、振動板に「剛性」が必要なことをご存じでしょう。この剛性はなぜ大切なのかを説明します。


 振動板剛性の基本

スピーカーユニットが音を出そうとして振動板を前に動かすとき、力点となるボイスコイルの力を受け止め、箱内部の背圧(陰圧)に負けずに正しくピストン運動させるには、振動板にはある程度の剛性が必要です。

   

 この背圧にあらがうという意味での剛性は、コーン型の形状であれば比較的容易に得ることができます。振動板には、金属・紙・プラスチック・木材と様々な素材が使われ、どれも問題なくスピーカーとして機能していることがその証です。コーン型になっていることで、立体的な構造による剛性が生まれるのは、簡単な実験でも確認することができます。

 

 逆に言ってしまうと、ごく稀に見かける「平面振動板」は剛性の観点でいえば極めて不利です。音の回折効果という点では有利な平面振動板ですが、そのデメリットもあることを理解しておくべきでしょう。


 振動板剛性の応用

 さらなる高忠実度再生を狙うためのウーハー、つまり沈み込むような深い低音とスピード感を併せ持つウーハー設計をする場合、横方向の剛性についても考えなくてはいけません。
 
 赤矢印方向の振動が"釣鐘動変形"

 横方向は基本的には応力がかからないため無視しても基本的には問題が無いのですが、エンクロージュアや室内空間の上下左右の非対称性から若干の応力がかかるため、"釣鐘"のような横方向の変形が起こります。これを"釣鐘動変形"と言うことにしましょう。

 この釣鐘動変形は古くから知られており、モーダル解析などでの評価がなされてきました。

 
「JAS Journal 2016 Vol.56 No.1(1 月号) 【連載:Who’s Who ~オーディオのレジェンド~ 第 3 回】ダイヤトーンに生きる(その 2) 佐伯 多門」より

 注目すべきは、釣鐘動変形が起こる周波数帯域の低さです。上図右には、30cm口径ウーハーの変形挙動が示されていますが、320Hzから釣鐘動変形が発生していることが分かります。一般的に、ウーハーの高域共振(ブレークアップ)として知られているのは1kHz以上の帯域ですので、その音域は極めて低いと言えるでしょう。

 
   30cm口径ウーハー「DaytonAudio DC300-8」の周波数特性。
   赤丸部の1~2kHzの帯域に、高域共振(ブレークアップ)による周波数特性の凸がある。

 では、なぜ高域共振と釣鐘動変形で、このような差が生まれるのでしょうか。この原因は、コーン型ウーハーの構造上の問題に他なりません。

 先ほどの図で示したように、コーン型の振動板は、上下方向(ボイスコイルの振動方向、下図青矢印)には構造上剛性は高くなります。質量が同じで剛性が高ければ、共振周波数は自ずと高くなります。これが一般的に知られる高域共振(ブレークアップ)になります。

 一方で、釣鐘動変形は振動板の横方向(下図赤矢印)の剛性に依存します。こちらの方向での剛性は、コーン型振動板の構造上極めて脆弱です。剛性だけが下がるのに対して、質量(振動板質量)は縦方向と基本的には変わらないため、釣鐘動変形の共振の周波数は自ずと低くなります。

   
   高域共振(ブレークアップ)として知られているのは、青矢印の方向の剛性によるもの。
   横方向の共振 "釣鐘動変形"は、赤矢印方向の剛性に依存する。



 この釣鐘動変形を抑えることは、低音の解像度を高めるために重要です。そのための工夫として、振動板を複数層構成として剛性を高める手法があります。たとえば、B&Wの「エアロフォイルコーン」では、シンタクティック・フォーム素材をカーボンファイバークロスでサンドイッチしています。

 SOLA Mk2では、振動板に3Dプリンターで作製した立体的な補強構造を付与することで、構造剛性を高めています。

  
  SOLA Mk2のウーハー振動板開発


 周波数特性には殆ど現れない釣鐘動変形ですが、これをしっかり抑えることで低音再生の品質は飛躍的に高まります。対策方法それぞれのメリット・デメリットはあると思いますが、釣鐘動変形を抑えることはウーハー設計における非常に重要なポイントです。





独自設計ウーハー搭載の「SOLA Mk2」

 小さいスピーカーからスケール感のある音を出すためには、ウーハーのクオリティが重要になります。ひのきスピーカーのフラッグシップモデル「SOLA Mk2」では、ここまでに説明してきたことに忠実にウーハーを作りました。ウーハーの基本は、原音に忠実なピストン運動です。十分な剛性を確保した基本に忠実な振動板設計、それを駆動する強力なマグネットが、キレと深みをもつ力強い低音の再生を可能にしています。

    ひのきスピーカー「SOLA Mk2」

 SOLA Mk2の見た目は小さなブックシェルフ型ですが、大編成のオーケストラや大太鼓をも存分に鳴らせるスピーカーです。ズシンと沈み込む重低音から、フワッと空間を揺らす素早い低音まで聴かせることができる数少ないブックシェルフ型スピーカーだといえるでしょう。



評論/情報高音質を目指すためのスピーカー技術 >13. 超低音のためのウーハーユニット設計

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